2010/5/25 火曜日

『ブチッ!!』

小森陽一日記 15:17:24

確かによく聞く話ではあるが、まさかウチにお鉢が回って来るとは思わなかった。

地域のママさんバレーボール大会、

「今から試合するからねぇ」
  
とメールが来てから約30分後、

「肉離れしたかもしれん………。迎えに来てぇぇぇぇ………」

右足を引きずる嫁さんを連れて病院へ行くと――――、

「あ、切れてますね、アキレス腱」

実にあっさりしたお医者さんの一言に、

「エ――――――ッ!?」

「ドンとかブチッとか、聞こえませんでしたか?」

「そう言えばブチッと聞こえたような………」

参りました………。

手術、入院、そしてリハビリ………、

これから2ヶ月ほど普段の日常でない日常が始まります。

しかし、ものは考え様、

これもまた長い人生の1ページとして、しっかりと過ごして行こうと思います。

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2010/5/18 火曜日

『女王マイ』

小森陽一日記 14:52:25

旅先から帰って来て「えっ!?」と絶句した。旅行中、マイを訓練所に預けていたので、帰国の報告とマイの様子を尋ねようと電話した時の事だ。
「先日の大会で、マイちゃん優勝しましたよ」
俄かには信じられなかったが、やがて賞状とトロフィーと懸賞の掃除機を持って訓練士さんが現れた。いやはや優勝とは………、お見逸れしました。

5月2日に行なわれたJSV南日本訓練王座競技会、2日と言えばまだエジプトの人混みの中でウロウロしていた時だ。ちょうどその頃、マイは競技会に颯爽と登場し、並み居る強豪を押し退けて(かどうかは知らないが………)、表彰台の真ん中、一番高い所に昇ったのだった。

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ここ最近、確かに身体のキレは凄かった。庭に出したら猛スピードで走り回るし、大好きなボール訓練も「まだやるまだやる」と中々止めようとしない。ご飯もアッと言う間に平らげる。心身ともに健康そのもの、活力の漲りが透けて見えるくらいの感じだった。
―――しかし、こういう時は大ポカもやる。先走り過ぎて普段は間違えないような事、やらない行動を取ってしまうのだ。これまでにそういう事が数回あった………。

でも今回は違ったらしい。全てが完璧だったそうだ。そういう瞬間を飼い主に見せないのも実にマイらしい。

だが今は………あのキレはどこにいったというくらい食って寝てばかり………。完全にオフモード、何度呼んでも知らん顔、毎日だらっだらしながら一日を満喫していらっしゃる。うーん、あんたほんとに王座取ったの?

2010/5/11 火曜日

『弾丸ツアー エジプト編』

小森陽一日記 11:42:41

自然と苦笑いが漏れた………。

カイロ空港から市内のホテルへ向かう道すがら、車線無視、スピードぎゅんぎゅん、クラクション鳴らしまくりのサバイバルレースが展開!聞けばエジプトではこれが日常なんだそう………。しかしこっちは異邦人、まるでマリオカートが現実化したような光景に、何度も「ブツかるっ!?」と身を縮め、肝を冷やし、足を踏ん張った。でも、人間って恐怖を突き抜けると笑えてくるみたいで………、最後はひたすらエネルギッシュなエジプト人に呆れ果て、車内で笑い転げてしまいました。
30分ほどレースして無事ホテルにチェックイン、延々と続くクラクションのオーケストラを子守唄に眠りについたのでした――――。

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一生の中でこれだけはやっておきたい事って誰しもあると思います。僕のやっておきたい事の一つ、それはアフリカ大陸上陸とピラミッド見物。子供の頃からの夢が、本日ついに実現しました!!

再び命懸けのカーレースに挑み、カイロ市内からピラミッドのあるギザ方面へ。ゴミゴミした街並みの向こうに突然ドーンとあの特徴的な三角形が姿を現しました。
「ピラミッドが見えた!!」
この瞬間が今回の旅の中で最もボルテージが一番上がった瞬間かもしれません。その証拠にゾゾゾと全身の毛が総毛立ちました。

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クフ王の大ピラミッドにへばりついて遠い昔に想いを馳せ、狭い大回廊を通ってピラミッド内部の王の玄室に足を踏み入れ、エジプトの強烈な太陽の下をラクダに乗って歩き、狛犬とも言うべきスフィンクスを眺める。うーん、まさに至高の気分!ほんとに素晴らしい!!

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昼食の後シタデルへ。モカッタムの丘の上に建つ巨大な城塞、その中には荘厳なムハンマド・アリ・モスクがあります。かつてイスタンブールに行った時、ブルー・モスクの美しさに目を奪われましたが、ここのモスクも天井の装飾が豪華で美しいこと………、しばし目を奪われました。

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そして次の目的地、ハン・ハリーリへ移動。エジプトの物売りに閉口していた娘はその集合体とも言うべき巨大市場に行くのを嫌がりましたが、ちょっと見て帰るからという説得に渋々了解。市場の路地に一歩足を踏み入れると右から左から後から、怒濤の物売り合戦がスタート。
「全部1$!」、「持ってけドロボウ」、挙句の果てには「価格破壊!」と叫ぶ奴もいて………。はぁ、こんな日本語、一体誰が教えるんだか………。

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そんな物売りに脅える娘は一人の女性の腕をひしと掴んで耐えておりました。娘にとっては絶対的に頼れる姉のような存在、それが稲葉くんの奥さん、琴絵さんなのです。

普段はあんなに可愛くて優しいのに、エジプト人のはったりなんかにゃビクともせず、時には笑ってすかし、時には英語でガツンと啖呵を切って適正価格にまで持って行く。その堂々とした態度たるや大岡越前と遠山の金さんを足して2で割ったような感じ、娘のみならず妻も僕もほんとに頼りまくりでした。稲葉嫁、ここに極まれり。ほんとにありがとう、こっちゃん!!

夜はエジプトの日本大使館にいらっしゃる久田さんのお招きを受け、ナイル川クルーズと洒落込みました。どデカイ屋形船でナイル川を遊覧しつつ、エジプト料理に舌鼓。目の前ではセクシーなベリー・ダンスと旋舞と呼ばれ延々と周り続けるダンス、スーフィーに目を奪われ、そうして静かにアフリカの夜は更けて行ったのです――――。

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翌日はエジプト考古学博物館へ。

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古代の超貴重なお宝がそこかしこに無造作に置かれている現実にまずは軽くショックを受けつつミイラ室へ向かいました。そこには歴代ファラオのミイラがズラリと並んでおり………、頭髪や皮膚、胸の前で組んだ腕、閉じた瞼の薄さなどなんだか紀元前の人って感じが全然しなくて………。当時のミイラ技術がいかに高度なものだったのかを今に伝えています。
そしてここに来たらやっぱりコレ、ツタンカーメンの黄金のマスクでしょう。金色に輝くマスクにはびっしりと細工が施してあり、表面だけかと思ったらそれは裏にもあって、中島誠之助さんじゃないけど思わず「いい仕事してますねぇ」と感嘆の声が漏れてしまいます。当時のエジプトは本当に優れた文明を持っていたんですね。今はカーレースと物売り凄いですけど………。

そんなこんなでエジプトの旅も無事終了。最高の想い出と土埃を土産に再びクウェートへ戻ったのでありました。

最後にこんな写真を2つ、一つはホテルの部屋の中、電気スタンドの置かれた台の上に貼られていたもの。これ、メッカの方向を指してるんだそうです。ヒルトン・ホテルにメッカを示すシールが貼ってあるなんてなんだか面白いでしょう。
もう一枚はそのものズバリ、マック・アラビア!!稲葉くんが買って来たのでパチリ、味はわかりません!

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行き帰りはさすがに遠かったけど、楽しさが遥かに上回りました。稲葉くん、琴絵さん、本当にお世話になりました。中村さんご夫妻、お土産までいただいてありがとうございました。三島さん、あなたの手相は最高です!久田さん、ルクソールに行く時は是非とも宜しくお願いします。
旅を支えて下さった皆様、心よりお礼申し上げます。

ありがとうございました!!

2010/5/6 木曜日

『弾丸ツアー クウェート編』

小森陽一日記 15:26:38

家を出てからかれこれ20時間………、さすが中東、クウェートは遠かった………。

福岡から関空、関空からドバイ、ドバイからクウェート、途中のトランジットを挿むとやはり相当な時間になりました。それでも飛行機の中からどこまでも広がる砂漠を見た途端元気いっぱい!家族揃って灼熱の地へと降り立ったのでした。
  
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入国手続きを済ませてゲートを出ると変らない顔がそこにありました。稲葉くん、彼とは知り合ってもう10年近くになります。「海猿」の潜水訓練編を書く為に呉の海保大に取材行った時が初対面、その時は潜水教官でした。取材を終えての帰り道、車で僕等を駅に送ってくれる車内で彼はこんな台詞を言い放ちました。
「海保のマンガなんか書いたって売れる訳ないでしょう!」
その言葉と端正な顔は強烈に僕の記憶に残り、十分に燃えさせました。この一言がなかったら以後の「海猿」は在り得なかったかもしれません。そういう意味では「海猿」を語る上でなくてはならない存在なのです。

もう少し稲葉くんの話をしましょう。彼はやがて特殊救難隊へと選抜されます。そしてトッキューの隊長となり、数々の海難救助のみならず国際緊急援助隊としてアルジェリア地震やスマトラの大津波の被害現場に出動、見事人命を救助して表彰されました。片方の目が一重、もう片方の目が二重のレスキューマン、そう、久保さんが真田のイメージを作る時に参考にしたのがこの稲葉くんなのです。
現在は琴絵さんと言う最高の伴侶と共にクウェート在住、海保から外務省に出向し、クウェートの日本大使館で日々奮闘中なのです。(琴絵さんのエピソードは次回)  

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さてここからは少しクウェートの街について触れましょう。アラビア半島の付け根にあるクウェートの総面積は17,820k㎡、とても小さい国です。そこに約350万人の人が暮らしています。首都はクウェート、言葉はアラビア語、通貨はKD(クウェート・ディナール)、主な経済はもちろん石油です。

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正直、観光する場所はほとんどありません。海沿いにそびえ立つクウェートタワーに登って街を一望し、ペルシャ湾を眺め、魚市場を覗き、そこら中にある巨大なショッピングモールに行けばだいたい終了です。

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一度空港から車を飛ばして製油所を見に行きました。あちこちの煙突から炎が吹き上がり、鋼鉄の建造物には無数の灯りがともっていました。まるで「ブレードランナー」のような世界………、
「これがクウェートの心臓部です」
そういう稲葉くんの言葉がズンと響きました。なぜならこの製油所から僅か1時間も走ればそこはイラクとの国境だからです。

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イラクがクウェートに侵攻したのは1990年8月2日、イラク共和国防衛隊が国境を突破したあの忌まわしい事件………、これによりクウェート市内は大打撃を受けました。だが、今その爪痕はほとんど見られません。近代的なビルで埋め尽くされている街中に、敢えてその記憶を忘れまいと残された建物の残骸がひっそりと建っているだけでした。

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さて、次回はクウェートを飛び出してエジプトに向かいます。どんな珍道中が出て来ますやら………。どうぞご期待下さい。

追記
ちなみに私、帰国した翌日43歳になりました。時差ぼけの中、なんともとろんとした誕生日を過ごしました………。

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