2007/8/28 火曜日

『スポーツは筋書きのないドラマと言うけれど……』

小森陽一日記 18:02:28

ここ数日間、鳥肌が立ちっ放しだった。間違いなく一年分を有に超すくらいの鳥肌が立った。僕の肌にそれだけの鳥肌を立たせたのは、素朴な、どこにでもいそうな感じの高校生達である―――。

第89回全国高校野球選手権大会、4081校の頂点に立ったのは県立佐賀北高校だった。この結果には正直驚いた。当然、優勝するなんて欠片も思っていなかった。
だから、開幕第一試合(VS福井商業)もまったくもって意識なし。入場行進の流れでそのままテレビを点けっ放し、原稿を書く合間にチラリと目に留まって、
「あぁ、佐賀がやってんのか………」
そんな程度であった。僅かに意識が向いてきたのは、二試合目(VS宇治山田商)の延長からである。両チーム泥まみれになって守りあった末、引き分け再試合となった。一日おいての再試合、今度は猛打が爆発して圧勝。だが、頭のどこかでは
『一試合余計に闘ったんだし、スタミナの消耗で三回戦突破は難しいだろうな……』と冷めた気持ちもあった。だから、三回戦(VS前橋商)はテレビを点けるどころか、試合がある事すら忘れていた。

僕の実家は焼き物で有名な佐賀県伊万里市にある。お盆から少し遅れてお墓参りに実家に出向いた時、テレビで四回戦(VS帝京)が始まった。帝京と言えば誰もが一度は耳にした事があるほどの有名校、今大会でも優勝候補の筆頭である。もちろん試合には負けると思っていた。ただ同じ負けるにしても、点差が大きく開いた無様な負けはしてほしくない、それだけを願った。それが―――である。1時間もすれば画面に釘付けになり、2時間が過ぎる頃には声援と拍手を送り、延長に入るや無我夢中になっていた。ピンチとチャンスが交互に入れ替わる展開。帝京のスクイズを久保くんが絶妙のグラブトスでホーム封殺した瞬間、ゾクゾクッとして鳥肌が立った。こんなプレー、めったにお目にかかれない。だが、これとまったく同じようなシーンが繰り広げられる。再度帝京のスクイズ、今度こそ「もうダメだ!」と思った。しかし、またもや間一髪でホーム封殺。さっきとは比べ物にならないくらい大粒の鳥肌が立った。そして13回裏のサヨナラ勝ち………、なんだかもう異様に興奮している自分がいた―――。

この試合をきっかけに、佐賀北の話題があちこちで聞かれるようになったと思う。
「ミラクル佐賀北」、「がばい旋風」などなど………。でも、僕はこの時もまだ優勝出来るとは思っていなかった。
『帝京に勝ったんだからもういいよ、よく頑張った』
勝ち進んでいるのに、すでに労いの気持ちが湧いていたほどだ。
そして準決勝、相手は同じ九州勢の長崎日大である。この試合、仕事場のテレビで1回の表から見た。スクイズあり、盗塁あり、浅い犠牲フライでのホーム突入あり。手を叩き、鳥肌を立てつつ応援した。気がつけばなんと完封勝ち、そして決勝進出となっていた………。そこで慌てて対戦相手の広陵の試合を見た。エース野村くん、真っ直ぐとスライダー、特に勝負球の縦に大きく割れるスライダーの威力は凄まじい。ちなみに顔もいい。役者にもなれそうなくらい美男子だ。ここまで来たんだから佐賀北に優勝してもらいたい。しかし、野村くんは天が二物(スライダーと顔)を与えた男だ。それだけ神様に愛されてる男にはどうやっても勝てそうにない気がした………。

ある意味、予想通りの展開だった―――。
初回の得点チャンスを失った佐賀北はすぐに2点を先制され、尻上がりに調子を上げて行く野村くんのスライダーに手を出して、三振の山を築いていった………。暫く我慢して見ていたが、どうにも突破口の見えない展開にうろたえ、何度もテレビを点けたり消したりした。消えている間に劇的な事が起こって状況が変わっていれば―――、そう願いつつ数度目にテレビを点けた時、なんと点差は4点に広がっていた。野村くんの調子を考えればこの点差はもはや絶望的と言えた。そこで張り詰めていた気持ちがフッと切れた。
「ここまで勝ち上がって来ただけでも凄いんだから、最後まで頑張れよ」

ここから先は皆さんもよくごご存知の通りである。八回裏佐賀北の攻撃、押し出して1点をもぎ取った直後、副島くんの逆転満塁ホームラン………。それまで99%負けていたと言っても過言ではない佐賀北が、最後は真紅の大優勝旗を手にしていた………。

スポーツは筋書きのないドラマだと言われる。そりゃそうだ。ドラマでこんな筋書きを書いたって嘘臭くて誰も見ない。僕がこの夏の佐賀北の軌跡をドラマで書いたとしよう。
「小森さん、こんな筋書き在り得ないですよ。もう少しリアルに書いて見て下さい」
編集者にはそう言って突き返されるに決まってる。
ただ、これが現実に起こった。だから、甲子園を、日本中をあれほど虜にしたのだ。

おめでとう、佐賀北高校。お疲れ様、監督、コーチ、選手達。ありがとう!!

2007/8/21 火曜日

『暑っつう………』

小森陽一日記 17:49:14

今年の夏はいつもにも増して凄まじい………。皆さん、夏バテしてませんか?

連日、ニュースやワイドショーで取り上げられているこの気温、関東では40度を越える日が続いている。40度………、そんな熱が出たらどれほど苦しいか。体温より高い気温の中でお過ごしの方は本当に気の毒だと思う。どうかこまめに水分補給して、熱中症にだけは気をつけて下さい。

子供の頃を思い出してみる。確かに夏は暑かったけれど、朝夕は窓を開け放して涼んでいられた。扇風機を回して床に寝転んで本を読んでいると、何時の間にか眠ってしまったなんて事は何度もある。お盆を過ぎれば秋の虫が鳴き、時折冷たい風が吹いたものだ。だが今は―――、今は朝夕でも気温が下がらない。扇風機を回しても来るのは熱風………、そんな風で心地よく眠れる筈もない。

先日、アル・ゴア氏の「不都合な真実」を読んだ。多角的な見地から地球温暖化の実証がなされている。氷河は溶け、北極も溶け、海水温の上昇でハリケーンの数も勢力も格段に伸びている。環境破壊の代償は、このまま放っておくと取り返しのつかないほど大きなものになる………。
  
昨今、日本の気候も急速に変わりつつあると思う。暑い日が多くジメジメしていて、時折バケツをひっくり返したような猛烈な雨が降って来る。これは高温多湿の熱帯性気候の特徴だ。四季がはっきりしている温帯気候からスライドしているとはっきり感じられる。気候が変るとそこに育つ動植物も変化する。そして、そこに暮らす人々の性格も変るのではと僕は思う。

以前、アジアを旅した時の事だ。何かの話の流れから自然の話へと話題が移った。
  「緑があるのはいいよね、見てると心が落ち着くよ」
  するとこう切り返された。
  「緑はいいって?落ち着くって?冗談だろ」
  意外な答えに驚いて僕はこう続けた。
  「だって自然の中にいると、人はホッとするするし―――」
  「違う。自然は闘うべき相手だ!!」

自然は闘うべき相手―――。
そう、熱帯性気候の中で暮らす人々にとって、爆発的に伸びる木や草は脅威の対象なのだ。ちょっと目を離すとそこはジャングルに埋もれてしまっている。生きる為には自然と闘って勝つしかないのだ。のんびりと身を委ねるなどという悠長な感覚はそこには存在しない………。と今まさに、雷が轟いた。ふいに黒雲が湧いてきて、大粒の雨が降り出した。時刻は午前11時20分、夕立というには早過ぎる。

猛暑はまだ暫く続くと言う。このまま環境破壊が続けば、一年中こんな感じになりかねない。日本人の穏やかさも四季も、失ってしまうのはあまりに哀しすぎる……。

  ※「不都合な真実」 著者 アル・ゴア ランダムハウス講談社 1,200円

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2007/8/16 木曜日

『犬もお巡りさん』

小森陽一日記 17:37:08

午後3時、犬舎が一斉に開け放たれると、十数匹のジャーマンシェパードが大きな檻の中へ入って行く。彼等はそこでオシッコとウンチをするのだ。決められた時間、決められた場所でキチンと用を足す。目下、訓練場で生活している我が家の愛犬もそんな風にしていた。だがこの日はちょっと勝手が違った。知らない顔がそこにあったから………。鉄格子に前足を掛け、ズラリと並んだシェパード達、目線を一切逸らさず、僕等取材陣を真っ直ぐに見つめて来る。
「誰?誰?誰?この人達、誰ぇぇぇ???」
全身から掻き立てられる興味で気も狂わんばかりのオーラが立ち昇っている。これが警視庁の誇る優秀な「警備犬」との出会いだった―――。

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「警備犬」、耳慣れない人も多いだろう。「警察犬」と違うの?という方もいると思う。簡単に違いを説明すると、「警察犬」は犯人の足跡など地面に残された匂いを嗅ぎ分ける。一方、「警備犬」は空気に漂う匂いを嗅ぎ分ける。前者は事件が起こってから活動が始まるのに対し、後者は事件が起こるのを未然に防ぐのが主な任務となる訳だ。「警備犬」の任務はとてつもなく過酷なもので、要人の警護や爆発物の捜索といったテロに関する警備任務、また地震などの災害現場に赴いて、人間の五千倍とも六千倍とも言われる嗅覚で人間を探す災害救助任務を請け負っている。3年前の中越地震、瓦礫の中に埋まった優太くんを最初に見つけたのも「警備犬」のレスターなのだ。

夕方、少し風が出て涼しくなってきたので訓練を見せてもらえる事になった。最初は爆発物発見の訓練、コインロッカーに忍ばせた僅かな火薬の匂いを完璧に当てて行く。次は刃物やピストルを持った犯人を威嚇し、猛然と飛び掛って制圧する訓練、
「小森さん、犯人役やってみますか」
ブログのネタにでもと少しやる気になっていたのだが、無理!!全身で体当たりをかまし、腕に太い牙を立てて大の大人をねじ伏せる「警備犬」。土煙を巻き上げて展開される黒澤映画ばりの訓練には心底震えが来た。訓練士さん達、こんなのやらせようって………、何考えてるんすか!?
最後はガレ場に埋まった土管やパイプの中の人を探し出す訓練、風下で素早く浮遊臭を掴まえ、一直線に隠れた人の所へ駆け寄って行く。そしてネコよろしく塀や梯子の上を移動していく訓練を見せていただいた。いやはやまったく大した犬達である。
 
それにしても不思議だったのは一頭の犬が「人を制圧」もし、「人を救い」もするという事。首輪を付け替える事で、犬達はその役割の変化を理解する。世界広しと言えど、この相反する任務をやれるのは日本の「警備犬」のみだそうである。凄いぞワンちゃん達、君等も立派なお巡りさんなんだね!!  

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「レスター号」
中越地震での捜索任務の際、足に大怪我を負ったレスター。切り立った岩や壊れた柱の先端、突き出した釘などで怪我をする事も度々あるという。

2007/8/7 火曜日

『ジンクス』

小森陽一日記 18:31:58

羽田空港そばの京浜島、その日は台風5号の余波で強い風が吹いていた。だが、そんな風など物ともしないオレンジの一団は、30mのビルから降下し、重機で車を持ち上げ、無線が入ると高らかにサイレンを鳴らして出場して行った。彼等の腕には一様にセントバーナードの横顔が描かれたワッペンが貼り付けられている。可愛い顔のセントバーナードが実に誇らしげに見えた。第二消防方面本部消防救助機動部隊、通称ハイパーレスキュー隊である―――。

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以前マガジンでハイパーレスキュー隊の読み切りを書いた事がある(Works参照)。その時は立川に本部がある第八方面本部にお邪魔した。今回は二度目の取材となった訳だが、相変わらず圧倒されっ放しだった。訓練の激しさは言うに及ばず、ガレ場、ビル、船などが再現された訓練設備、十数種に及ぶ各種消防車を始めとする多種多様な資器材の量………。ハイパーレスキュー隊は体力、技能、知識すべてを兼ね備えて初めて一人前と言えるスーパーファイヤーマンなのだ!!

さて、昔からマスコミにはこんなジンクスがある。
「取材に入ると、途端に事件、事故がなくなる」
いい画を取りたい、真剣な顔が見たい、いつもにこやかに接してくれる隊員達の本当の一面が知りたい者にとって、このジンクスほど厄介なものはない。それがだ。この僕には通用しないのである。取材に入ると必ずと言っていいくらい事件、事故が発生する。昔、テレビのディレクターをしていた頃、警察官の取材をしていたら事件が発生して撮影が中断した。それが始まりだった。数年前、某テレビ局が一ヶ月トッキューに密着取材をした折、一度も海難は発生しなかった。なのにテレビクルーと入れ替わりに僕がトッキュー基地に行った途端、「海難通報、海難通報」のアナウンスが鳴り響いた。そしてこの現象は消防でも起こった。前回、第八方面本部に取材に入った時も、「○○出火報」のアナウンスで皆一斉に飛び出して行った。そして今回もまた同じ事が起こった。一度や二度ではない。すでにこの現象は二桁を越えた。本物を見たい、本物を知りたい、本物を感じたい者にとって、この現象は素晴らしく得難いものなのだ。しかし………である。
「小森さんが来ると何かが起こりますよね………」
「明日は小森さんが来るから覚悟しとけって言っといたんですよ」
「なんか憑いてるんじゃないんすかぁ?」
レスキュー隊の皆さん、もしかして僕の事、疫病神って思ってるんじゃ………。

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