2010/6/22 火曜日

『毎朝ゲゲゲ』

小森陽一日記 11:49:15

近頃の朝はもっぱらゲゲゲで始まっている。

ゲゲゲと言えば日本では知らぬ者の方が少ないフレーズだろう。ご存知、水木しげる先生の代表作、「ゲゲゲの鬼太郎」である。鬼太郎はもとより、目玉親父、猫娘、ぬりかべ、砂掛け婆ぁ、子泣き爺ぃ、一反木綿、そしてねずみ男と立ちまくったキャラが綺羅星のように登場する。―――なんて今はこんな風にあっけらかんと言えるが、子供の頃は全然事情が違っていた………。
 
保育園から小学校低学年当時、兎に角「ゲゲゲの鬼太郎」は苦手だった………。怖くて怖くて仕方がなかった………。じゃあ見なきゃいいのにと思うが、これがなぜだか見てしまう。そして後悔する。夜が来ると尚更後悔する。トイレの隣にある洗面所の鏡がイヤで、何度もオシッコを我慢したっけ。2階の子供部屋に行くのに、臆病な自分を鼓舞する為、おもちゃの刀を振り回してた事もあった………。

父親の友人にこんな人がいた。僕の顔を見たら必ず「ゲッゲッ、ゲゲゲのゲェ~」と歌うおじさん。低音のおどろおどろしい声色で、不気味な顔をして、とても雰囲気たっぷりに歌う………。リアルに最悪だったな………。

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ある日、雑誌を読んでいたら、「ゲゲゲの女房」という本が刊行されるとあった。三つ子の魂百まで、ゲゲゲというフレーズに散々悩まされてきた僕がこのタイトルを見落とす筈がない。その本は水木しげる先生の奥様、武良布江さんが書かれたエッセイだった。そして、このエッセイをベースにNHKが朝ドラを作る事を知った。

描いても描いても売れないマンガ、貸本業界の斜陽、原稿料の不払い、なけなしの金で買い集める戦艦のプラモデル………、それでも必死で生きていく水木夫妻の姿が健気に、どこかユーモラスに描かれる。

先日義父母が我が家を訪ねて来た時、朝ドラの話になった。義父は言う。「貧乏してるのにプラモデル買うところなんか、あんたにそっくりやね」と。すると、義母も「そうだ」と笑って同調、嫁さんも「あの頃、お金がないのにどんどん怪獣だけが増えていったのよね………」と話し出した。

今では仕事場に300体ほどの怪獣キットが並んでいる。水木先生が言う「プラモデルで連合艦隊の再建を目指す」は、僕の「ウルトラ怪獣立体図鑑を作る」という気持ちと似ていると思う。金がなくても、一食減らしてでも、服なんか買わなくてもこれが欲しいという底なしの気持ち………、だからこそ働くエネルギーも湧いていくるというものなのだ。

エッセイの中にこんな一文があった。
「このときつくった連合艦隊のプラモデルはいまも自宅につくった小さなギャラリーに。一部は境港の「水木しげる記念館」に展示されています。私の思い出もいっぱいつまっています」
素晴らしい………。ちゃんと現存してるなんて………。水木先生は僕の先達、僕もあの当時の純な想いを忘れず、仕事にキットに邁進していこうと思う。

―――もしも、嫁さんがエッセイを書く日が来たとしたら、どんな風に書くのかな?水木先生の奥様と違って、
「私の「イヤな」思い出もいっぱいつまっています」
なんてフレーズにならなければいいが………。

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