2013/3/19 火曜日

『空の物語』

小森陽一日記 11:27:25

いつかはチャレンジしてみたいと思っていた。空の物語。ここでは触れないが、個人的な事で空の事を思う日々は若かりし頃からあった。しかし、描きたいのは民航機のパイロットではなく航空自衛隊のパイロットだ。これまでに様々な人と知り合ったが、航空自衛隊の方と接する機会はほとんど無かった。
『無理をして扉をこじ開けようとしても上手くいかない』
これは持論だ。僕の前に自然と扉が現れるのを待とう。そしていつしか時間は経った。

この扉を僕に用意してくれたのは井上和彦さんだ。『たかじんのそこまでいって委員会』など様々な分野で躍動してらっしゃるジャーナリスト。井上さんを紹介されてから、空自への扉が一気に開いた。

最初は喜びでいっぱいだったが、取材が始まるとすぐにその気持ちは不安へと変わった。何しろ覚える事が膨大だった。相手が一体何を話しているのかが分からない。
文字通り半分も理解出来ない。だから質問も上手く出来ない。こんな経験は始めてだった。様々な資料を読み、映像を見て研究を重ねた。それでも後から後から知らない事が湧いてきて、いつしか取材をする足取りも重くなった。

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それでも諦めようとは思わなかった。F15やF2の離着陸を滑走路間際で見た時の興奮は今でも心の中にありありと残っている。物凄いと思った。何度も、そしてずっと見ていたいと思った。それほど心を奪われた。

戦闘機という史上最速の乗り物。そんな機体を操っているパイロットは一体どんな人達なのか。素直に言おう。普通の人達である。一緒にご飯を食べ、お酒を飲み、失敗談から家族の話、これからの夢の話まで色んな事を話した。誰一人として特別な人はいなかった。本当にどこにでもいる普通の人達だった。その時、はっきりと物語の方向性が定まった。パイロットを目指す普通の若者達の物語を書こう、と。

しかし、タイトルだけは中々決まらなかった。幾つも考えたがどれもしっくりこない。『天神』というタイトルは塾から帰る娘を車で迎えに行った時に突然閃いた。車の中で一人、娘が出て来るのをぼーっと待っていた。ふと視線を上げると信号の上に青い表示板が見えた。地名や距離が書いてある全国どこにでもあるお馴染みの表示板。そこに天神の文字が見えた時、「あ、これだ!」と思った。タイトルが決まらなかったのは、変に凝ろうとしていたからだと気付いた。普通の人達の物語なのだ。普通のタイトルが一番しっくりくるに決まっている。

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この作品を書くにあたって本当に多くの、そして力強い後押しを得た。航空自衛隊の方を始め、彼等が通う喫茶店や食堂のおじさん、おばさん。担当編集のAくん、マンガ家のSくんとTくん、ジャンプのHくん、大御所のMさん、デザイナーさん。そして、忙しい最中にあって『青春と読書』に『天神』の書評を書いてくれたアンチカ(安藤親広プロデューサー)さん。皆さん、本当にありがとうござました。この場を借りて深く御礼申し上げます。いよいよ作品は僕の手を離れ、大勢の人の元へと離陸します。一人でも多くの人に空に生きる人々の物語が届く事を願ってやみません。

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